歩く、話す、考える

子どもがこの世に生まれて、最初の三年間でできるようになることが「歩く・話す・考える」ことです。広範囲にわたる領域ですので、一つだけの角度から話すことは難しいのですが、これからいろいろな話を読んでいく中で全てがこの三つに繋がっていることを感じられますように。


キリストの三位一体や、仏教の身・口・意など、人間は3つの要素があるようです。シュタイナーの人間学では「思考・感情・意志」として表されます。これらに共通することは、人を人とたらしめるものだということです。子どもは最初の三年間で人間になる基礎を獲得するのですね。人間になるということは、個になるということです。「私」という個があるから、私たちは動き、話し、考えることができます。
近代化が進むと自然科学が主な考え方になりました。自然科学は男性のバイアスが強く作用していて、外側ばかりからものを見るような考え方ですが、誰かがものを見る限りそこには見る「人」がいて、一つの「私」の目を通してそれを見ているわけです。つまり事物だけを見ているようで、そこには常に見る人の内からの力があるのですね。事物を理解するには外側からの男性的な力(物質)と内側からの女性的な力(感情や思考)が同時に必要であり、それには「私」という自我の発生が必要なのです。子どもはこの自我の基盤となるものを、歩き、話し、考えることで獲得していきます。
幼児期は人間を人間とたらしめる、大切な大切な時期なのです。
よく生まれてくる前の世界の記憶を持った子どもがいますが、みんなよく似たような話をしてくれます。空から両親を見つけて生まれてきた、と。子供が好きな遊びに、かくれんぼやハンカチ落とし、いないいないばぁなどがあります。どれも「見つける」遊びですね。お母さんのお腹に降りてきた赤ちゃんは、使命を持ってこの世に生まれてくるといいます。しかし、生まれた瞬間にその使命を忘れてしまうそうです。大きな意識としては覚えているのですが。

その使命を全うするために必要な体をくれる両親を、子どもは選びました。使命を果たすためにはまず肉体が必要なのです。人間として肉体を持つ、つまり人間しかしない行為。それが「歩く」ということです。使命を全うするには、1人ではできません。そこで人と繋がる必要があります。人とコミュニケーションを取るのには「話す」ことが必要です。話すことは感情と深く関係しています。人は魂で会話していますよね。そして、最終的には自分(使命)を、世界を通して「考える」ことをします。思考の始まりです。
次回からは歩く・話す・考えるを、ひとつずつ見ていきたいと思います。

je fais à que j'aime

地味にワクワク生きる。生活に直観とシュタイナーの世界観を。